沖縄県各地の沖縄そばを食べ歩き紹介している当ブログ。
食べ歩きの理由は、単に私が食いしん坊であるだけなのですが・・・。
もう一つ、多くの方に沖縄そばの美味しさ、歴史、文化を知ってほしいな、ということがあります。
何年か沖縄そば食べ歩きを続けている私ですが、もちろん知らないことや新しい発見がたくさんあります。
今回は、座間味村訪問の際に新たに知った座間味村と沖縄そばの関係の話を。
座間味村は、那覇市の西方約40kmに位置し、座間味島を始め20余りの島からなる村です。
このうち有人島は、座間味島、阿嘉島、慶留間島の3島となっており、人口は800人ほど。
那覇の泊港から高速船を使うと1時間程度で行くことができ、また日帰りも可能なので、アクセスがしやすい離島の一つです。
特に海がとても綺麗で、マリンスポーツで凄く人気のある観光地となっています。
座間味村の座間味島を訪れた際、玄関口である「座間味港」近くにある「慶良間諸島国立公園ビジターセンター 青のゆくる館」を訪ねました。
2021年5月にオープンしたばかりの施設で、座間味村をはじめ国立公園となっている慶良間諸島の自然や地理、文化を知ることができ、飲食店も併設されています。
旅のスタートに、とてもお薦めの施設です。
<『青のゆくる館』のパンフです>
私は訪問まで知らなかったのですが、慶良間諸島では明治時代からカツオ漁が行われており、「ケラマ節」と呼ばれるほど鰹節の生産が盛んな地域だったんです。
写真は、1970年、沖縄が本土復帰をする以前、琉球漁業協同組合連合会から送られた、鰹節出荷量優勝の旗です。
さらに、私は、座間味村と沖縄そばを結ぶキースポット、座間味村の慶留間島を訪ねました。
座間味村には、座間味島、阿嘉島、慶留間島と3つの有人島があります。
阿嘉島と慶留間島は橋で繋がれていて、いったん船で阿嘉島を訪問し、慶留間島へ渡ります。
阿嘉島から慶留間島へは長い橋が。
自転車で橋を渡り、海沿いの道を抜けていくと、慶留間島の集落が。
慶留間小学校。
島は小さな集落があり、小学校の近くには美しい海が広がっていました。
海と緑、豊かな自然が印象的です。
小学校近くの海。
そして慶留間島で出会ったのが『蛭子丸組合顕彰碑(えびすまるくみあいけんしょうひ)』でした。
座間味村慶留間島は、沖縄では最も早く鰹漁が始まった地だったのです。
1885年(明治18年)、鹿児島県から、高い知識と経験を持つ漁業者を招いて、操業を始めたとのこと。
1931年には蛭子丸がパラオ島で渡航進出もしています。
『蛭子丸組合』は、慶留間島にあった鰹節製造組合。
戦後も組合は続けられたようですが、1967年に過疎化によって組合は解散しています。
<詳細はこちらを参照>
座間味村の小さな慶留間島が、沖縄の鰹漁発祥の地だったとは。
大きな驚きでした。
まだまだ知らないことがたくさんありますね。
言うまでもないですが、沖縄そばは基本的に鰹節と豚から取った出汁を合わせて作られることが多く、沖縄そばと鰹節は切っても切れない関係にあります。
鰹節の消費量は、沖縄が全国1位となっており、沖縄の食文化にとっても鰹節はとても大切な存在なんです。
沖縄そばの最も大切な素材といえる鰹節。
その鰹節生産のスタートのなった座間味村の慶留間島。
沖縄そばは、1900年代初頭に本格的に普及していきますが、沖縄の鰹節生産の勃興期とも一致しますね。
座間味村の鰹漁が、沖縄そばの発展の一助になったかもしれないと想像すると、沖縄そば好きとしては胸が熱くなりました。
小さな島の碑に、歴史の浪漫を感じながら、座間味村では沖縄そばを食べました。
慶留間島の鰹漁の話を知って、また思い入れが深くなりましたよ。
<座間味村の沖縄そば>
阿嘉島で食べた沖縄そば。
パーラーの名称ですが、各種定食などもあります。
親戚のお家のような雰囲気で食べる、出汁が力強い沖縄そば。
長年やっている座間味島では貴重なレストラン。
居酒屋としての利用もできます。
どっしりとした味わいのあるスープに縮れ麺。
ソーキも食べ応えあり。
座間味特産のもずくを、沖縄そばの麺に練り込んだ「もずくそば」のお店。
中太で縮れが入っていて、コシがすごく強い、プリッとした食感の麺。
新しいタイプの沖縄そばも、島では生まれています。